
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST)では、ダイヤモンドを材料とした次世代計測技術「量子センシング」の研究開発が進められています。高感度な測定を実現するためには、外部磁場の影響を抑えた実験環境が欠かせません。QST高崎量子技術基盤研究所の木村晃介様に、量子センシング研究の最前線と、研究を支えるオータマの磁気シールドの役割について伺いました。
高崎量子技術基盤研究所で進められている研究開発の一つに、「量子センシング」があります。
量子センシングは、量子状態の変化を利用して、従来のセンサでは捉えられないような微弱な信号を検出できる次世代の計測技術です。
私は、ダイヤモンド中の結晶欠陥である窒素・空孔(NV)センターに捕捉された電子スピンを利用した量子センサの研究を行っています。NVセンターとは、ダイヤモンド結晶中の炭素原子の一部が窒素原子と空孔(結晶欠陥)に置き換わった構造のことです。この空孔に電子を閉じ込めることで、電子のスピン状態を観測できます。この電子スピンは、磁場や温度など周囲の環境によって状態が変化します。この特性により、周囲の磁場や温度を高感度に測定することが可能になります。
NVセンターには、量子スピンとしての優れた特性を室温でも発揮するという特長があります。また、緑色のレーザーを照射すると赤く発光する性質があり、その光の変化を読み取ることで電子スピンの状態を観測します。
図1.結晶構造(ダイヤモンド中のNVセンター)
窒素原子(N)が炭素サイトを置換し、隣接するサイトに空孔(V)があることで形成される結晶欠陥。
画像提供:量子科学技術研究開発機構
図2.NVセンターを持つダイヤモンドは赤く光る
近接したNVセンター同士は双極子相互作用によって結合されます。結合されたNVセンター間を適切に操作することで「もつれ状態」を生成します。
画像提供:量子科学技術研究開発機構
このようなNVセンターの電子スピンを利用した量子センサは、実用化に向けた研究開発が進められています。将来的には、タンパク質構造解析などの生命科学、脳磁計や心磁計などの医療、GPSが利用できない環境での位置情報取得、インフラの非破壊検査、宇宙磁場の観測など、幅広い分野への応用が期待されています。
私が目指しているのは、複数のNVセンターの間に「量子もつれ」と呼ばれる量子特有の状態を生成し、従来のセンサの感度限界である「標準量子限界」を超える量子センサを実現することです。「量子もつれ」を利用することで、従来よりも高感度な測定が可能になると考えられています。
しかしながら、このような「量子もつれ」をNVセンター間に生成するのは困難でした。その大きな原因は、NVセンターを近接した位置に形成する技術が確立されていなかったことです。NVセンター間に「量子もつれ」を生成するためには、双極子相互作用と呼ばれるお互いに作用する力を介してNVセンター同士を結合させる必要があります。しかし、この相互作用は非常に弱く、数nm(~10-9mm)といった箇所に集積的にNVセンターを形成しなければ「量子もつれ」を生成できません。そのため、「量子もつれ」を生成するNVセンターに適した形成手法を確立することが求められてきました。
当研究所ではイオンビームを用いて集積的にNVセンターを形成する技術を開発しております。イオン源に有機化合物を採用し、2019年には3つのNVセンターの集積的な形成に成功しました。現在は、その技術を活用しながら量子もつれ状態の生成と高感度センシングへの応用を進めています。

図3.NVセンターの形成過程モデル
合成ダイヤモンドに窒素原子(赤丸)を含む有機化合物イオンを注入します。
注入された窒素原子はダイヤモンド内を空孔を形成しながら進行し、ある位置で停止します。
注入後、1000度程度の熱処理を施すことで窒素と空孔が結びつき、NVセンターが形成されます。
注入条件を適切に設定することで、数nmレベルの集積化が実現可能です。
画像提供:量子科学技術研究開発機構
量子もつれ状態は、磁場の揺らぎなどによって崩れやすいという特徴があります。この現象をデコヒーレンスといい、外部磁場の変動によって電子スピンの状態にばらつきが生じると、信号が減衰し、センサの性能向上が難しくなります。
外部環境の揺らぎを抑え、電子スピンを外界から保護するために、測定対象以外の磁場をできる限り遮断し、安定した環境で実験を行う必要があります。そこで導入したのがオータマの磁気シールドボックスです。
磁気シールドによって地磁気を含む外部磁場の揺らぎを大幅に低減できるため、外部環境由来のノイズを抑え、量子状態の評価やノイズ解析に集中できるようになりました。
2025年3月の応用物理学会でオータマさんの展示ブースを見かけ、こちらから声をかけたのがきっかけです。ちょうど磁気シールドボックスの導入を検討していた時期だったため、その後研究所まで来ていただき、実験装置や設置環境を見ながら具体的な仕様について打ち合わせを行いました。
こちらの要望を伝えたところ、規格品をベースに一部カスタマイズすることで対応できることが分かり、コスト面でも導入しやすい提案をいただきました。
導入前にはパーマロイ材を用いた予備実験を行うことができ、効果を事前に確認できました。また、仕様検討から図面作成、納期調整まで丁寧に対応していただき、私が当所に着任して初めて担当した設備導入でしたが安心して進めることができました。
こちらの希望していたスケジュールにも対応していただき、予定どおり納品していただけたことに感謝しています。オータマさんの磁気シールドボックスは、量子センシング研究に欠かせない実験環境の構築に大きく貢献してくれています。

オータマの磁気シールドボックス(2層)

実験装置を準備する木村様、実験の様子
性能面には満足していますが、研究用途では装置の移設やレイアウト変更もあるため、今後さらに小型化・軽量化が進めば、研究現場での使い勝手は一層向上すると思います。 無限の可能性を持つ量子センシング分野は、今後ますます発展していくと考えられます。研究現場のニーズを反映した製品開発が引き続き進められることを期待しています。
現在、社会実装されている高感度磁気センサには、超電導量子干渉計(SQUID)と光ポンピング磁力計(OPM)があります。
SQUIDは極めて高い感度を持つ一方で、液体ヘリウムによる極低温環境が必要となり、装置が大型化・高コスト化するという課題があります。OPMは冷却を必要としませんが、やはりセンサのサイズが大きく、空間分解能に制約があります。
その点、室温で動作するという大きな特長を持つNVセンター(ダイヤモンド中の結晶欠陥である窒素・空孔センター)は小型化が可能となり、持ち運びが容易になることで、より幅広い環境での活用が期待されています。現在の課題は感度の向上です。量子もつれを利用した研究を進めることで、従来の測定法では測れなかった「標準量子限界」を超え、室温で動作する小型・高感度な量子センサの実現を目指します。

量子センサ実現の展望を語る木村様