― Shimadzu Tokyo Innovation Plaza(Shimadzu TIP)はどのような施設ですか。
粉川様(以下敬称略):Shimadzu TIPがある殿町国際戦略拠点キングスカイフロントは、ライフサイエンスや環境分野の産業を創出するためのオープンイノベーション特区です。歩いて回れる地域に80近い研究機関が集まっており、研究機関同士の交流がとても盛んです。羽田空港から大変近く、国内外のお客様がお見えになるにも大変便利な場所です。
Shimadzu TIPは分析ラボとしてだけではなく、ショールームやホールなどの機能を兼ね備えた施設です。オープンから約1年半(取材時)で、2万人近いお客様が訪れました。「魅せるラボ」をコンセプトに、島津製作所の製品、技術、人財などの魅力を伝え、産官学の研究者や海外との交流など、さまざまなものや人をつなげていく場にしていきたいと考えています。
粉川:電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)という装置の分析作業をするための部屋としてつくりました。この磁気シールドルームには、当社最先端のEPMAが2台設置されています。
吉見様(以下敬称略):EPMAは電子顕微鏡と同じように表面を観察・分析する装置です。試料(サンプル)に真空中で電子線を照射して、発生する特性X線を分析することで、どのような元素がどのくらいの量含まれているか、あるいはどのように分布をしているかを分析することができます。メーカー、工業試験場、大学関係の研究開発部門や品質管理部門などのご相談に対応して、あらゆる固体試料を分析します。
例えば、スマートフォンなどに使われるガラスについた色や傷の原因を調べたり、医薬品の錠剤のコーティングにムラがないかを検査したりすることで、商品の品質管理に役立っています。はやぶさ2が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の試料分析などにも利用されています。
吉見:EPMAで照射する電子線は磁気の影響を受けると曲がってしまいます。すると、電子線が正確に分析領域に照射されず、画像に歪みなどが生じて、正しい分析結果を出すことができなくなります。地下鉄が通ったりエレベーターが動いたりするなど、近くで鉄の塊が動くようなことがあると磁気が大きく動き、観察や分析に影響を与えるのです。
粉川:Shimadzu TIPの建設過程で、ここから200m離れた線路を貨物列車が通るときに大きく磁気が動いてしまうことがわかり、EPMAを磁気から守る必要が生まれました。EPMAは大きな装置ですから、これを2台設置するために、全体をパーマロイというシールド効果の高い金属で覆った磁気シールドルームをつくることになりました。この部屋は幅7.6m、奥行6.1mと広く、天井と床、四方の壁をすべてパーマロイで二重に覆っています。その重量は11tにおよびます。
そのように広い磁気シールドルームをつくるには高い技術が必要です。設計・施工ができるメーカーもおのずと限られてくるのですが、実はオータマさんに依頼する直前まで、別の会社で話が進んでいました。ところが最後の最後にオータマさんが「扉のない磁気シールドルーム」を提案してくれたのです。
オータマさんの提案は、「魅せるラボ」という私たちのコンセプトに合致したものでした。扉がないと普通、磁気をシールドできないと思うでしょうが、実はそうではありません。パーマロイは磁気を集めやすい素材なので、仕組みとしてはパーマロイが入口付近で集めた磁気を奥に設置するEPMA装置まで到達する前にパーマロイに沿って流してしまうというイメージです。ただ、そのためには広いスペースをとれること、EPMA装置を部屋の奥に設置できることという2つの条件をクリアする必要があります。
粉川:一番の特長は、人の出入りが自由なオープンスペースだということです。磁気は扉を開け閉めすることでも動きますから、扉があると一度作業を開始するとトイレへも行けません。扉がなければそんな心配はなくなります。 また、当然のことながら扉をつくるコストもかかりません。扉をつくるとなると、部屋をシールドする壁と同じ厚さになりますから、おそらくそれだけで400㎏ぐらいになり、費用も高額になります。扉がなければ故障の心配もなく、メンテナンスも必要ないのでランニングコストがかかりません。消防や安全衛生という観点から見ても安心して使用できます。
吉見:実際に使ってみると、シールドルームであることを忘れてしまうくらい快適です。お客様も気軽に出入りでき、最新のEPMAを見学していただけるので好評です。
粉川:オータマさんに依頼した決め手のひとつに、信頼感があります。技術面や施工面での信頼はもちろんありましたが、できないことはできない、これをやるには費用はこれだけかかるということを明確に伝えくれて、安心して仕事を任せることができました。 私のこだわりで四隅の角を落としたデザインにしてもらったり、部屋の入口に壁の内側のパーマロイが見える小窓を設けてもらったりしましたが、そうした細部にわたる要望にも真摯に応えてくれました。非常に良い磁気シールドルームが出来上がり満足です。
コロナ禍もあり、工程調整は大変だったと思いますが、納期も間に合いました。いろいろご苦労もおかけしましたが、オータマさんは、この磁気シールドルームを一緒につくり上げてくれた“同志”だと思っています。
粉川:オータマさんは製品をつくるだけでなく、設計、組み立て、シミュレーションの技術や能力を十分にお持ちです。今後は、日本を代表する磁気シールドメーカーとして、さらに世界に種をまき、貢献していってほしいです。